生成AIをマーケティング業務に使う話は、活用事例やプロンプトの紹介という形で数多く出ています。記事の下書き、メール文面、資料の構成案、リサーチ。できることの一覧を見ると、業務の大部分が置き換わるように見えます。
ただし実際に運用してみると、結果は工程によって大きく分かれます。時間が半分になる工程がある一方、AIに書かせて手直しするほうが自分で書くより遅くなる工程もあります。事例の一覧を見ても、この線引きは書かれていません。使えるかどうかではなく、どこに使うかが問題になります。
マーケ担当が少人数のBtoB企業でAIを業務に入れるときの線引きは、その作業に必要な情報が自社の中にしかないか、世の中にあるかという一点です。この線引きはツールに依存しないので、社内で使えるのがChatGPTでもClaudeでも変わらず、AIに書かせるより自分で書くほうが早い工程も同じ基準で見分けられます。
目次
生成AIに任せられる工程と任せられない工程の分かれ目
その作業に必要な情報が世の中にすでにあるか、自社の中にしかないかで決まります。議事録の要約は前者、失注理由の分析は後者です。
生成AIが力を発揮するかどうかは、作業の種類ではなく、必要な情報がどこにあるかで決まります。
必要な情報が世の中に既にある作業(図の上段)は、一般的な知識で組み立てられます。記事の構成の型、メールの定型的な言い回し、長い議事録の要約、体裁の統一。ここは大きく時間が減ります。
必要な情報が自社の中にしかない作業(図の下段)は、材料を渡さない限りAIには書けません。既存顧客がどんな言葉で課題を語ったか、なぜ失注したか、どの機能が実際に使われているか。これらはAIが持っていないので、渡さなければ出てきません。
多くの企業でうまくいかない原因は、自社の中にしか情報がない作業を材料なしでAIに投げていることです。「BtoB企業向けの記事を書いて」と指示すれば、それらしい文章は出てきます。しかし内容は、競合が書いているものと変わりません。一般論しか材料がないので、一般論しか出ないという当然の結果です。
任せてよい工程
調査結果の要約、議事録の要点抽出、表記の統一、データの整形のように、仕上がりの基準が明確で判断が要らない下ごしらえと体裁の工程は任せてよい工程です。
実務で効果が出やすい工程を挙げます。いずれも、出力をそのまま使うのではなく人が仕上げる前提です。
| 工程 | やらせ方 | 削減の目安 |
|---|---|---|
| 調査結果の要約 | 資料や記事を渡して論点を抽出させる | 大きい |
| 構成案の叩き台 | 目的と読み手を伝えて見出し案を出させる | 中程度 |
| 文章の体裁統一 | 表記ルールを渡して揺れを直させる | 大きい |
| 長文の要点抽出 | 議事録や商談メモから論点を並べさせる | 大きい |
| 言い換えの候補出し | 1つの内容を複数の表現にさせる | 中程度 |
| データの整形 | 形式の変換、分類、重複の指摘 | 大きい |
| チェックリストでの点検 | 基準を渡して漏れを指摘させる | 中程度 |
共通しているのは、仕上がりの基準が明確で、判断が要らない作業だという点です。要約に創造性は不要ですし、表記の統一に解釈の余地はありません。こうした作業は元々時間だけを消費していたので、たとえば週5時間かかっていた議事録の整理が2時間になれば、その3時間がそのまま顧客への取材や商談の分析に回せます。
最初に取り組むなら、議事録や商談メモの要約からがおすすめです。効果が分かりやすく、間違っていてもすぐ気づけます。ここで手応えを掴んでから、他の工程に広げてください。
記事制作に組み込む場合は、オウンドメディアの制作フローを書き出し、構成案や表記の統一のように情報が世の中にある工程からAIを入れます。
任せてはいけない工程
何を訴求するか、何を先にやるか、数字が何を意味するかという判断と、実績・価格・機能など事実関係を含む記述は任せないでください。ここを渡すと、成果物の質が気づかないうちに下がります。
次の工程は、AIに任せないでください。失敗が見えにくく、気づいたときには施策全体がずれています。
何を訴求するかの決定
自社が何を強みとして打ち出すかは、既存顧客の受注理由から決まります。AIはその情報を持っていないため、聞けば一般的な差別化の型を返します。「業界特化」「ワンストップ」「実績豊富」といった、競合も書いている内容です。訴求を決める作業は人がやってください。
優先順位づけ
限られた予算と人員で何を先にやるかは、自社の状況と経営の意向で決まります。AIに施策の優先順位を聞くと、一般的な順序を返します。それが自社に合っているとは限りません。
数字の解釈
数値の集計や整形は任せてよいのですが、その数字が何を意味するかの判断は別です。商談化率が下がった理由が、獲得チャネルの変化なのか、営業体制の変化なのか、季節要因なのか。この判断には社内の文脈が必要です。
事実関係を含む記述
自社の実績、価格、機能の詳細、法令に関わる記述。これらをAIに書かせると、もっともらしい誤りが混ざります。文章として自然なので、読み返しても見落とします。事実に関わる部分は人が書くか、書かせた場合は必ず一次資料と突き合わせてください。
AIの出力に含まれる誤りは、間違っているように見えないことが最大の問題です。明らかにおかしければ気づけますが、実在しそうな数字や、ありそうな制度名は素通りします。公開前に事実の確認工程を必ず入れてください。
AI検索経由での露出を狙う施策は、業務でAIを使う話とは判断の軸が違います。AIの回答に自社が出てくるかを気にし始めたら、LLMO対策として別に計画を立て、ChatGPT検索がBtoBの流入に与える影響を自社のアクセスデータで確かめます。
かえって遅くなるケース
自社の文脈が濃い短い文章と、品質の基準が自分の中にしかない文章は、直す時間のほうが長くなり、使わないほうが速くなります。
あまり語られませんが、AIを使うと遅くなる作業があります。
典型は、自社の文脈が濃い短い文章です。既存顧客向けのメール、営業への共有事項、社内向けの説明。これらは背景を説明する手間のほうが、自分で書く時間より長くなります。300字の文章を書かせるために800字の指示を書いているなら、直接書いたほうが速くなります。
もう1つは、品質の基準が自分の中にしかない文章です。出てきた文章を読んで「違う」と感じても、どこがどう違うかを文章にして指示し直す作業が発生します。実務上の目安として、この往復が3回を超えたら自分で書くほうが速くなります。
判断の目安(実務上の経験値)は次の4つです。
- 指示を書く時間が、成果物を書く時間の半分を超える:使わない
- 修正の往復が3回を超えた:その時点で自分で書く
- 出力を全面的に書き直している:構成案だけもらう使い方に切り替える
- 同じ作業を繰り返している:指示を使い回せる形にすれば効率が上がる
4つ目の「同じ作業を繰り返している」は、AIを使うかどうかの判断を最も左右します。1回限りの作業でAIを使うと、指示を組み立てるコストが回収できません。逆に毎週発生する作業であれば、指示を作り込む価値があります。頻度で判断してください。
生成AIを使う側だけでなく、生成AIに読まれる側の施策も線引きが要ります。AI検索向けとして提案された施策は、実行する前に根拠のある施策かどうかを見分け、効果が確認されていないものは後回しにします。
質を決めるのは指示ではなく材料
プロンプトを工夫するより、渡す情報を増やすほうが出力が自社向けの内容に近づきます。記事の下書きなら、指示文を書き直すより商談メモを3件添えるほうが手直しが減ります。
出力が期待外れだったとき、指示の書き方を変えようとする人が多いのですが、効果は限定的です。指示を磨いても、材料がなければ一般論の範囲を出ません。改善の順序は、まず材料、次に指示です。
渡すべき材料
- 既存顧客が使った言葉:商談メモ、問い合わせフォームの自由記述、受注理由。顧客の語彙が入ると、出力が具体的になります
- 自社の過去の成果物:良いと判断した記事や資料を渡すと、文体と粒度が揃います
- 対象と目的:誰に読ませ、読んだ人にどう動いてほしいかを明示します
- 書いてはいけないこと:使わない表現、触れない話題、断定を避ける領域を先に伝えます
4つの材料のうち、手直しの量が最も減るのは4番目の「書いてはいけないこと」です。「業界No.1のような根拠のない優位性は書かない」「読者を煽らない」といった禁止事項を渡すと、手直しの量が大きく減ります。何を書くかより、何を書かないかのほうが指示しやすいためです。
顧客の言葉を集める方法自体は、AIとは関係のない工程です。ICPを設定するときに集めた顧客の課題や言い回しが、そのままAIに渡す材料になります。たとえば四半期に一度、マーケ担当が営業の商談メモから顧客の言い回しを10件ほど抜き出しておくと、そのまま記事や資料の下書きに渡せます。
下書きを頼む前に、自社の訴求を、誰にどんな変化を約束するかの一文に固めておきます。打ち出しが決まってから下書きを頼むと、指示に書く内容も短くなります。
材料を集める導線そのものがないと、指示をどれだけ工夫しても出力は一般論になります。営業とサポートから商談メモや問い合わせの内容が定期的に届くように、記事制作の材料を社内から集める仕組みを先に作ります。
少人数チームでの始め方
全体に導入せず、1つの作業から始めます。
マーケティング担当が1人か2人の組織では、導入の検討自体に時間をかけられません。次の順序で進めてください。
- 時間を食っている作業を3つ書き出す:感覚で構いません。週にどれくらいかかっているかも添えます
- その中から、判断が要らないものを1つ選ぶ:要約、整形、体裁の統一といった作業が該当します
- 2週間その作業だけに使う:他に広げず、1つの作業で使い方を掴みます
- 時間が減ったか確認する:減っていなければ、その作業には向いていません。次の候補に移ります
- 減った作業の指示を保存する:毎回考え直さず、同じ指示を使い回せる形にします
ツールの選定に時間をかける必要はありません。まずは手元で使えるもので試し、成果が出た作業が3つ、4つと増えて、有料プランやチーム契約が必要になった時点で比較すれば足ります。
また、社内で使う際のルールは最初に決めておいてください。最低限、顧客情報や未公開の数字を入力しない範囲を明示します。業務で使う以上、情報の扱いは先に線を引く必要があります。
1人でマーケティングを回しているなら、1人マーケの運用で決めた優先順位の中で、時間を食っている作業から順にAIを当てます。AI活用はその中の一手段であり、それ自体が目的ではありません。
どの工程に使うべきか、体制を含めて相談したい場合は、現在の業務内容を前提にご相談いただけます。
チームで使うときに揃えること
2人以上で使い始めると、成果物の質にばらつきが出ます。同じ作業でも、指示の与え方が違えば出力が変わるためです。
揃えるべきは3つです。1つ目は表記ルール。表記の揺れを直させる作業は効果が大きいのですが、渡すルールが人によって違うと、かえって揺れが増えます。2つ目は禁止事項の一覧。使わない表現や触れない話題を共通で持ってください。3つ目は、うまくいった指示の共有です。誰かが試行錯誤して辿り着いた指示を、他の人が一から作り直すのは無駄になります。
共有の場所は簡単なもので構いません。テキストファイル1枚に、作業ごとの指示を貼っておくだけでも効果があります。整った仕組みを作ろうとすると運用が止まるので、まずは置き場所を1つ決めることから始めてください。
成果をどう見るか
導入の効果を測ろうとして、細かい計測を始める必要はありません。見るべきは、作業にかかる時間が減ったかどうかだけです。
ただし注意点が1つあります。時間が減っても成果物の質が落ちていれば、実質的にはマイナスです。記事の本数が増えても問い合わせが増えていないなら、量が増えただけで意味がありません。作業時間と併せて、その先の成果が変わっているかを見てください。
特にコンテンツ制作では、AIを使って本数を増やす方向に進みがちです。しかし検索結果には同じような記事が既に大量にあり、量で優位に立つのは難しくなっています。空いた時間を本数ではなく、顧客への取材や商談の分析といった、AIでは代替できない工程に回すほうが差がつきます。
外注先がAIを使っている場合
記事制作やコンテンツ制作を外注している場合、納品物がAIで作られている可能性があります。AIを使うこと自体は問題ではありません。材料を渡して下ごしらえに使う分には合理的です。
確認すべきは、使っているかどうかではなく、事実確認の工程があるかどうかです。発注時に、数字や事例の出典をどう確認しているかを聞いてください。ここに答えがない場合、誤りが混ざったまま自社の名前で公開されることになります。
もう一点、自社への取材があるかも確認してください。取材なしで納品される原稿は、材料が世の中の情報しかない状態で書かれています。読めば分かる一般論になり、他社の記事と差がつきません。取材の有無は、発注前に必ず確認してください。
HubSpotを契約しているなら、HubSpotのAI機能をどの業務から使うかを決め、顧客データをAIに渡す範囲をAI設定で確認してから始めます。
まとめ
生成AIを使うかどうかは、作業に必要な情報が世の中にあるか、自社の中にしかないかで判断します。自社の中にしかない情報は材料として渡すか、人が書きます。判断の基準は次の9つです。
- AIで作業時間が減るかどうかは作業の種類ではなく、必要な情報が世の中にあるか自社の中にしかないかで決まる
- 要約、体裁の統一、構成案の叩き台、データの整形は確実に時間が減る
- 訴求の決定、優先順位づけ、数字の解釈、事実関係を含む記述は任せない
- AIの誤りは間違っているように見えない。公開前に事実確認の工程を入れる
- 指示を書く時間が成果物を書く時間の半分を超えるなら、使わないほうが速い
- 修正の往復が3回を超えたら、その時点で自分で書く
- 出力の質を決めるのは指示ではなく材料。顧客の言葉と自社の過去の成果物を渡す
- 「何を書かないか」を先に伝えると、手直しが大きく減る
- 少人数なら1つの作業から。2週間試して時間が減らなければ次の候補に移る
生成AIは、判断を代わりにしてくれる道具ではありません。判断に使う材料を人が用意し、そこから先の手を動かす作業を渡すという分担が現実的です。この線引きができていれば、事例の一覧を追いかけなくても効果は出ます。
業務設計のご相談
どの工程を任せるかの整理からご相談いただけます
「試してはいるが時間が減った実感がない」「どこまで任せてよいか判断がつかない」といった状態を、実際の業務内容から具体化します。導入前の段階でも問題ありません。
よくある質問
- どの業務から始めるべきですか。
- 議事録や商談メモの要約からがおすすめです。効果が分かりやすく、出力が間違っていてもすぐ気づけます。時間を食っている作業を3つ書き出し、その中から判断が要らないものを1つ選んで、2週間その作業だけに使ってください。他に広げず1つに絞ることで、使い方が掴めます。
- 記事の執筆をAIに任せてよいですか。
- 構成案の叩き台と体裁の統一は任せてよい範囲です。ただし材料を渡さずに本文を書かせると、競合と変わらない一般論になります。既存顧客が使った言葉、自社の過去の成果物、書いてはいけないことを渡したうえで、事実関係を含む部分は人が確認してください。全面的に書き直しているなら、構成案だけもらう使い方に切り替えたほうが速くなります。
- 出力の質が上がりません。プロンプトを改善すべきですか。
- 指示より先に材料を見直してください。指示を磨いても、渡す情報がなければ一般論の範囲を出ません。顧客の言葉、自社の過去の成果物、対象と目的、そして「書いてはいけないこと」の4つを渡すと出力が変わります。特に禁止事項を先に伝えると、手直しの量が大きく減ります。
- AIを使うと遅くなることはありますか。
- あります。自社の文脈が濃い短い文章は、背景を説明する手間のほうが自分で書く時間より長くなります。300字の文章のために800字の指示を書いているなら、直接書いたほうが速いです。判断の目安は、指示を書く時間が成果物を書く時間の半分を超える場合と、修正の往復が3回を超えた場合です。
- AIが書いた内容の誤りはどう防ぎますか。
- 公開前に事実確認の工程を必ず入れてください。AIの誤りは、間違っているように見えないことが最大の問題です。実在しそうな数字やありそうな制度名は、読み返しても素通りします。自社の実績、価格、機能の詳細、法令に関わる記述は人が書くか、必ず一次資料と突き合わせてください。
- 社内で使うときのルールは必要ですか。
- 最低限、顧客情報や未公開の数字を入力しない範囲を明示してください。業務で使う以上、情報の扱いは先に線を引く必要があります。ルールを細かく作り込む必要はありませんが、入力してよいものといけないものの境目だけは、使い始める前に決めておいてください。