広告のコピーを変えても反応が変わらない。ランディングページを作り直しても問い合わせが増えない。営業資料の見た目は整っているのに、商談で刺さらない。個別の施策を改善しても成果が動かないとき、原因は施策ではなく訴求にあります。
訴求設計というと、バリュープロポジションのフレームワークが紹介されます。顧客が求めるもの、自社が提供できるもの、競合が提供できないもの。この3つの重なりを探すという考え方です。ただしこのキャンバスを埋めても、実務で使えるメッセージにはなりません。埋めた紙を見ながら「では広告の見出しは何にするのか」と聞くと、答えが出てこないためです。
この記事では、顧客の言葉から訴求を作る手順、競合と差別化できる要素が見つからない場合の対処、1文を施策に落とすための階層設計、そして相手ごとの訴求の変え方までを扱います。
目次
訴求が決まっていない状態の症状
施策ごとに言っていることが違う、という形で表面化します。
訴求が定まっていない企業には、共通する症状があります。自社に当てはまるか確認してください。
- 媒体ごとに違うことを言っている:広告では「コスト削減」、サイトでは「業務効率化」、営業資料では「DX推進」と、同じ商材の説明が場所によって変わります
- 機能の説明から始まる:何ができるかは書いてあるが、誰のどんな状況に効くのかが書かれていません
- 競合と入れ替えても成立する:自社名を競合名に置き換えても文章が通ってしまいます
- 担当者が変わると表現が変わる:判断の基準が個人の中にあり、共有されていません
- 「で、何が違うの」と聞かれる:商談で必ずこの質問が出て、その場で説明を組み立てています
これらは施策の質の問題ではありません。何を伝えるかが決まっていないため、伝え方をいくら磨いても届かないという構造です。広告の運用改善やLPの改修に投資する前に、ここを確認してください。
逆に訴求が定まると、施策側の判断が速くなります。この見出しでいいか、この機能を推すべきか、という問いに基準ができるためです。BtoBマーケティング戦略の立て方で扱う戦略設計の中でも、訴求は最初に固めるべき部分にあたります。
3要素とキャンバスの限界
重なりを見つける作業と、言葉にする作業は別です。後者で止まります。
バリュープロポジションは一般に、次の3つの重なりとして説明されます。
枠組み自体は正しく、整理には役立ちます。問題は、埋まった結果が「導入と運用の両方を支援できる」「業界特化のノウハウがある」といった抽象的な言葉になりやすいことです。この状態では、広告の見出しにも営業資料の1枚目にも使えません。
止まる理由は2つあります。1つは社内の言葉で埋めていること。会議室で自社の強みを挙げると、提供者側の語彙になります。もう1つは、抽象度を1段下げる工程が省略されていること。「業界特化」で止めず、「その業界の何がどう違うから、どう効くのか」まで下ろす必要があります。
埋めた内容を、そのまま広告の見出しにできるか試してください。使えないなら、まだ抽象度が高すぎます。この確認を挟むだけで、作業が紙の上で終わることを防げます。
顧客の言葉から作る
社内で考えた強みと、顧客が評価している点はほぼ一致しません。
訴求の材料は社内ではなく顧客側にあります。既存顧客が実際に使っている言葉を集めてください。
どこから集めるか
- 受注時の会話:「なぜ発注を決めたか」を、受注直後に聞きます。時間が経つと理由が整理されて綺麗になり、生々しさが失われます
- 失注時の理由:選ばれなかった理由には、自社が訴求できていない点が現れます
- 問い合わせフォームの自由記述:顧客が自分の課題をどう表現しているかが、そのまま残っています
- 商談の冒頭:相手が現状を説明する部分に、課題の言い方が出ます
集めた言葉と、自社が使っている言葉を並べてみてください。多くの場合、次のようなズレが見つかります。
| 自社が使っている言葉 | 顧客が使っている言葉 |
|---|---|
| マーケティングの内製化支援 | 社内に分かる人がいない |
| データドリブンな意思決定 | 数字を見ても何をすればいいか分からない |
| リードナーチャリングの設計 | 問い合わせは来るが商談にならない |
| 業務プロセスの標準化 | 担当が辞めたら回らなくなる |
左は提供者の語彙、右は当事者の語彙です。検索されるのも、広告で反応するのも右側です。左側の言葉は、右側を説明した後の補足として使ってください。
顧客の言葉を集める工程は、ICPやペルソナの整理と同じ材料を使います。まだ手をつけていない場合はICPの設定方法、より個人の状況まで踏み込む場合はBtoBペルソナの作り方を先に確認してください。
過去の商談録画が残っているなら、そこからも同じ材料が取れます。取り出し方は商談録画の活かし方で扱っています。
差別化できる要素が見つからない場合
多くの企業に固有の強みはありません。その前提で設計します。
ここが実務で最も詰まる部分です。3要素の枠組みは「競合が提供できないもの」を求めますが、探しても見つからないことがあります。同じような機能、同じような価格帯、同じような実績。これは珍しい状況ではなく、成熟したカテゴリでは普通のことです。
このとき、無理に差別化点を作ろうとしないでください。実態のない差別化を打ち出すと、商談で確認された時点で崩れます。代わりに次の3つで勝負します。
1. 対象を狭める
提供内容が同じでも、対象を絞れば固有性が生まれます。「BtoB企業向け」ではなく「創業5年以内でマーケ担当が1人の企業向け」まで狭めると、競合の一般的な訴求より具体的になります。狭めることで市場が小さくなるのを恐れる声がありますが、誰にも刺さらない訴求のほうが機会損失は大きくなります。
2. 解像度を上げる
同じことを提供していても、課題の描写が具体的であれば「この会社は分かっている」と伝わります。「業務効率化を支援します」ではなく、「担当者が毎週金曜に手作業でレポートを作っている状態を解消します」と書く。これは差別化ではなく理解度の提示ですが、選ばれる理由としては十分に機能します。
3. 提供の仕方で差をつける
内容が同じでも、届け方には差が出せます。着手までの期間、担当者の関わり方、契約の柔軟性、報告の頻度。顧客が発注時に不安に感じる点を潰す設計は、機能の差より効くことがあります。
「業界No.1」「豊富な実績」といった表現は差別化になりません。競合も同じことを書いており、読み手はどれも同じに見えます。数字で裏付けられない優位性の主張は、訴求から外してください。
この3つはいずれも、顧客の言葉を集めていないと書けません。前の工程を飛ばして差別化だけを考えると、また社内の語彙に戻ります。
1文で終わらせず階層にする
全社の1文をすべての施策に貼り付けようとすると機能しません。
バリュープロポジションは1文で表現するものとされますが、その1文をそのまま広告にもLPにも営業資料にも使うと、どれも中途半端になります。抽象度の違う3つの層に分けてください。
第1層は社内向けです。判断に迷ったときに立ち返る基準であり、そのまま顧客に見せる文ではありません。ここを整えることに時間をかけすぎないでください。
第2層が実務で最も使われます。顧客が抱える課題の種類ごとに、3つから5つの訴求を用意します。分け方の注意点は、サービスの区分ではなく課題の区分で分けることです。「コンサルティング」「運用代行」ではなく、「担当者がいない」「数字が読めない」「商談にならない」といった区分にします。
第3層は検証の対象です。広告の見出しやLPの1行目は、実際の反応を見て変えていきます。ただし変える範囲は第2層の中に収めてください。反応が良いからといって第2層から外れた訴求を続けると、獲得したリードの質が下がります。
第3層の具体的な作り込みは、BtoBランディングページの構成、BtoB広告の広告文の作り方、BtoB営業資料の作り方でそれぞれ扱っています。
相手ごとに訴求を変える
同じ商材でも、現場担当と決裁者では響く内容が違います。
BtoBでは複数の人が意思決定に関わります。全員に同じ訴求を出しても、それぞれの関心に合いません。最低限、次の2者は分けてください。
| 現場担当 | 決裁者 | |
|---|---|---|
| 関心 | 自分の業務がどう変わるか | 投資に見合う成果が出るか |
| 不安 | 使いこなせるか、負荷が増えないか | 失敗したときの責任 |
| 効く訴求 | 具体的な作業の削減、運用の負担 | 成果の見込み、他社の実績、撤退の容易さ |
| 届く場所 | 検索、ウェビナー、比較サイト | 社内からの提案、紹介、事例 |
実務上は、現場担当が情報を集めて社内で提案する流れが多くなります。したがって外向けの訴求は現場担当に向け、そこから決裁者に説明するための材料を別に用意する形が有効です。事例や試算資料がその材料にあたります。事例の作り方はBtoB導入事例の作り方で扱っています。
誰がどの段階で何を見るかを整理する場合は、カスタマージャーニーマップの作り方が使えます。
作った訴求を検証する
会議で決めた訴求は、必ず外で確かめてください。
訴求は社内の合意で完成するものではありません。実際に反応を見る工程を組み込みます。
- 広告の見出しで試す:最も速く結果が出ます。同じ商材で訴求だけを変えた広告文を2つから3つ出し、反応の差を見ます
- 商談の冒頭で使ってみる:相手の反応が変わるかを営業に確認します。「それです」と言われる訴求が正解に近いものです
- 失注理由と突き合わせる:訴求を変えた後、失注の理由が変わったかを見ます。理由が同じなら訴求は届いていません
1については、獲得数だけで判断しないでください。反応が多くても商談にならない訴求は、対象がずれています。商談化率まで見て評価します。判断の枠組みはBtoBマーケの効果測定で扱っています。
また、一度決めた訴求を長く固定しすぎないでください。市場の状況や競合の打ち出しが変われば、有効な訴求も変わります。第2層は年に1回、第3層は四半期ごとに見直す程度の頻度が目安です。第1層は数年単位で構いません。
自社の訴求が定まっているか、施策と噛み合っているかを確認したい場合は、現在の打ち出しと商談の状況を前提にご相談いただけます。
訴求を社内で共有する
訴求を決めても、共有されていなければ意味がありません。広告の担当、サイトの担当、営業がそれぞれ別の言葉を使っていれば、決める前と同じ状態です。
共有の方法は簡単で構いません。第2層の訴求3〜5個を、実際に使う文例つきで1枚にまとめてください。抽象的な方針だけを共有しても、現場では使えません。「この課題にはこう書く」という文例まで揃っていると、担当者が変わっても表現が揺れなくなります。
あわせて、使わない言葉も決めておくと効きます。「業界No.1」「豊富な実績」「ワンストップ」のような、競合と同じことしか言っていない表現を禁止語として並べておくと、原稿の品質が安定します。
営業からのフィードバックを回す
訴求が届いているかを最も早く知れるのは営業です。商談で相手の反応が良かった説明、逆に響かなかった説明を、月に1回でよいので集めてください。
形式を作り込む必要はありません。「今月の商談で刺さった言い回し」を数行書いてもらうだけで、第2層の見直し材料になります。マーケティングが作った訴求を営業に配って終わりにせず、営業が現場で使った言葉を吸い上げる方向の流れも作ってください。この双方向の流れがないと、訴求は徐々に現場と乖離していきます。
なお訴求の決定そのものは、生成AIに任せない工程です。線引きはマーケ業務の生成AI活用で扱っています。
まとめ
BtoBの訴求設計で押さえるべき点を整理します。
- 媒体ごとに言うことが違う、競合と入れ替えても成立する、という状態は訴求が決まっていない症状
- バリュープロポジションのキャンバスは整理には役立つが、埋めただけでは広告の見出しに使えない
- 訴求の材料は社内ではなく顧客側にある。受注理由、失注理由、フォームの自由記述から言葉を集める
- 提供者の語彙ではなく、当事者の語彙で書く。検索も広告の反応も後者で起きる
- 差別化できる要素がない場合は、対象を狭める・解像度を上げる・提供の仕方で差をつける
- 実態のない差別化を打ち出さない。商談で確認された時点で崩れる
- 訴求は3階層に分ける。全社の1文をすべての施策に貼り付けない
- 現場担当と決裁者では響く内容が違う。外向けは現場担当、決裁者向けは説明材料を別に用意する
- 会議で決めず、広告の反応と商談での手応えで検証する
訴求設計は上流の作業ですが、時間をかけて完璧な1文を作ることが目的ではありません。施策に落として反応を見られる状態まで下ろすことが目的です。抽象度の高い言葉で止まっているなら、まだ作業は終わっていません。
訴求設計のご相談
何を伝えるかの整理からご相談いただけます
「施策を改善しても反応が変わらない」「競合との違いを聞かれると答えに詰まる」といった状態を、既存顧客の受注理由から具体化します。まだ整理できていない段階でも問題ありません。
よくある質問
- バリュープロポジションのキャンバスを埋めましたが、次に何をすればよいですか。
- 埋めた内容を、そのまま広告の見出しにできるか試してください。使えないなら抽象度が高すぎます。「業界特化のノウハウがある」で止めず、その業界の何がどう違うから、どう効くのかまで下ろしてください。抽象度を1段下げる工程が、キャンバスの後に必要な作業です。
- 競合と差別化できる要素が見つかりません。
- 成熟したカテゴリでは珍しくありません。無理に差別化点を作ると、商談で確認された時点で崩れます。代わりに3つで勝負してください。対象を狭める(「BtoB企業向け」ではなく「マーケ担当が1人の企業向け」)、課題の描写の解像度を上げる、提供の仕方(着手までの期間、担当者の関わり方、契約の柔軟性)で差をつける、の3つです。
- 訴求の材料はどこから集めますか。
- 顧客側から集めます。受注直後に「なぜ発注を決めたか」を聞くこと、失注理由、問い合わせフォームの自由記述、商談冒頭で相手が現状を説明する部分の4つが主な情報源です。受注理由は時間が経つと整理されて綺麗になるため、直後に聞くことが重要です。社内会議で強みを挙げると提供者側の語彙になり、顧客に届く言葉になりません。
- 訴求は1文にまとめるべきですか。
- 全社の1文は作りますが、それをすべての施策にそのまま使わないでください。3階層に分けます。第1層は社内の判断基準となる1文、第2層は顧客の課題の種類ごとに3〜5個用意する訴求、第3層は広告の見出しやLPの1行目といった実際の文言です。実務で最も使うのは第2層で、検証の対象は第3層です。
- 決裁者向けと担当者向けで訴求を分けるべきですか。
- 分けてください。現場担当は自分の業務がどう変わるかに関心があり、決裁者は投資に見合う成果が出るかを見ます。実務上は現場担当が情報を集めて社内で提案する流れが多いため、外向けの訴求は現場担当に向け、決裁者に説明するための材料(事例、試算資料)を別に用意する形が有効です。
- 訴求はどのくらいの頻度で見直しますか。
- 第1層は数年単位、第2層は年に1回、第3層は四半期ごとが目安です。市場の状況や競合の打ち出しが変われば有効な訴求も変わるため、固定しすぎないでください。ただし第3層を検証する際は、反応の良さだけで判断せず商談化率まで見てください。獲得数が増えても商談にならない訴求は、対象がずれています。